こんにちは、柴田崚介です。
大学院に通いながら、高校教師とサッカー部スタッフを両立していました。
※ 2020年度は修論専念中
先日、下記のツイートをしました。
学校には学校の良さがあるのかもしれない。
— 柴田崚介 (@ryosuke_studys) June 12, 2020
オンライン授業の効率の良さばっかり注目してきたが、誰かに会って話して同じ時間を共有することは大切なんだと思う。
勉強面だけで考えればいらないとも思っていたが、そうじゃないという意見もわかる。
何事も「選択制」になるのかもね。
学校には学校の良さがあるのかもしれない。
オンライン授業の効率の良さばっかり注目してきたが、誰かに会って話して同じ時間を共有することは大切なんだと思う。
勉強面だけで考えればいらないとも思っていたが、そうじゃないという意見もわかる。
何事も「選択制」になるのかもね。
今回は、学校の良さについて改めて考え、「選択制」をキーワードに深掘りしていきます。
・教育の場
・社会の常識を学ぶ場
など、いろんな側面があると思います。
いろんな人が、学校はいらない、必要だと議論しています。
結論、
物事の全ては「選択制」になる可能性が高い
です。
これについて詳しく解説していきます。
YouTubeにて同じ内容を喋っています。
音声で聴きたい方は、こちらからどうぞ↓
学校の存在意義とは
まず、学校の存在意義について考えていきましょう。
ここでは、教育の場、社会の常識・ルールを学ぶ場の2つの側面からみていきます。
だいたい、この2つが世の中で議論されるものだとも思います。
教育の場
「学校は勉強をする場所です!」
この言葉聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。
僕は聞いたことがありますw
勉強ができないと本末転倒だと。
学校では、勉強します。
いろんな科目を学んで定着を図ります。
それが、将来役に立つと信じて。
でも、多くの人が、
・学校の勉強なんて役に立たない
・大人になってからは一切使わない
・実践的なこと学んだ方がいい
こういいます。
本当にそうですか?
教師の立場として、大学院まで行って研究している僕の立場からいいますが、そんなことはないです。
小中高の勉強がなかったら、研究をするための基礎は全くできていなかったと思います。
つまり、物事を探求したい人には勉強が必要です。
確かに、実務を覚えて、仕事をすぐにしたい人にとっては必要ないものに思えるかもしれませんが、行き着く先は「探求」です。
その基礎を学べるのが学校という存在です。
小中で基礎を終わらせて、高校では大学に近い、研究に近い学習ができるともっと多くの人が勉強が楽しいというものになるのかもしれませんね。
社会の常識・ルールを学ぶ場
「常識?あぁ、凡人どもが仲良く生きるためのルールのことか」
どこかのドラマのセリフですがw
何か新しいものを世の中に作り出すには、常識という考えから外れる必要もあるのかもしれません。
この常識、ルールというものについて、ロンドンに留学に行ったときに感じたことから考えてみます。
「誰も自分のことを気にしていない」
この一言で片付けられます。
周りの目を気にして、世の中のスタンダードに合わせるのは日本独自の文化であるということです。
これは、日本が島国であること、ほとんど人種が混じっていないことが大きいと思います。
が、それを少し除いて考えてみると、日本の学校で学ぶような常識は、海外では常識ではないというのは事実です。
・髪の毛の色
・服装
など、誰も気にしません。
でも、日本人の常識が海外の人からみると、称賛されたりします。
・時間や順番を守る
・ルールを守る
コロナウイルスでの自粛も、日本人だったからこその面も実は大きいと思います。
上記で挙げたことって、学校で道徳で学んだことでもありますよね。
いいところは、いい。
よくないところは、変化させる。
これができれば、日本の学校というのはもっと良くなっていくのかもしれませんね。
学校の現実
と、理想論に近いものをお話ししてきましたが、教師として学校を見てきて、感じた現実にも触れたいと思います。
一言で言うと、現実はみんなが言ってるほど、甘いもんじゃないよということです。
勉強なんてできない人の方が多い
勉強一人でできる人どれくらいいますか?
8~9割の人ができないと思います。
社会人になってからどれくらい勉強しましたか?
学生時代、授業中何をしていましたか?
これが、現実です。
もしかすると、この記事を読んでくださっている方の多くは、自分で計画をたて、努力できる人たちが多いのかもしれません。
でも、それがマジョリティではないんだよということです。
一度、生徒にこんな質問をしたことがあります。
「学校で勉強するのと、家で勉強するのどっちがいい?」
学校で勉強した方がいい。家やったらダレる。
お世辞にも勉強ができる層ではない生徒ではなかったです。
8~9割の人のために学校という存在は必要であるとも言えるのではないでしょうか。
学校では習わなかったの嘘
いや、そんなん学校では習ってないし
これも良く聞きますよね。
本当ですか?
確かに、実務的なことは教えてもらえないのが学校です。
でも、上記でも触れましたが、
全ての物事を探求する上での基礎を身につける場である
ということです。
学校以外の時間何をしていますか?
勉強していますか?
自分の興味のある分野の勉強していますか?
それができていないのに、学校にそれを求めるのは間違っています。
キツイ言い方なのはわかってますが、そこの努力ができていないのに批判することはできないと思います。
まずは、1時間でいいです。
何かを勉強して見てください。
それを1ヶ月続けて見てください。
僕の言っていることが少しわかってもらえると思います。
教育界の流れは「選択制」
今後の学校はどうなって行くのか、考えていきます。
全てが選択制になる。
これが人類の行き着く果てだと思います。
制服も選べる
学校という社会の中に選択制が入ってきているのはいうまでもありません。
その中で一番わかりやすいのが、制服を選べるだと思いますので取り上げます。
ここ、最近でスカートがズボンかを選べるようになった学校も多いのではないでしょうか。
でも、まだ女子生徒が選べるという状態だと思います。
ある学校では、タイプ1,2と分けて、男子でも女子でも好きな方を選べるようにした学校もあるそうです。
ブラック校則なども話題になっていますよね。
下着の色は白オンリーなどなど
一昔前では考えられなかった選択の自由が学校という社会にも導入されている実例です。
学校に行くか行かないかも自由になる?
学校の選択制の行く先が、学校に行くかいかないかを選択できるようになるだと思っています。
小中では義務教育なので、なかなか難しい部分があると思いますが
高校以上が先に、オンライン授業とオフラインを選択できるようになると思います。
つまり、学校で授業を受けてもいいし、学校外で授業を受けてもいい。
ということです。
すでに通信で学校をやっているN高などもありますので、それらに近い状態です。
もう一つ考えられるのは、二分化するということです。
オフラインで授業がメインの学校(従来と一緒)
オンラインで授業がメインの学校(N高など)
そもそも、入学するときに選んでねとオンラインがメインの高校に行くという選択肢も普通になるというところに落ち着く可能性も高いのかもしれません。
まとめ
今回は、学校の良さについて改めて考え、「選択制」をキーワードに深掘りしてきました。
結論は、
物事の全ては「選択制」になる可能性が高い
でした。
学校の良さを一言で言うならば、
物事を探求するための基礎を身につけれる
です。
正直、あまりピンとこない人も多いかと思います。
そんな方は、何か一つ物事を探求してみてください。
議論を生むような内容だったと思います。
この機会に、学校って?を少しでも考えていただけたら嬉しいです。
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